熟成肉とシチリアワインが美味しいレストラン | せいとう | 会社概要
熟成肉・エージングビーフとシチリアワイン専門のレストラン。熟成牛ステーキ、ハンバーグ、ローストビーフなど肉の旨味にこだわったメニューが自慢。日本橋をはじめ西新橋、飯田橋、青山1丁目(ワインダイニング)、浜松町(ビアキッチン)に店舗があります。
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会社概要

会社概要

会社名

株式会社 せいとう

本社所在地

東京都中野区上高田1丁目14番7号

代表者

代表取締役社長 城 豊

取締役会長 城 和裕

創業

昭和22年 4月

設立

昭和24年 2月

資本金

3,800万円

売上高

6億円(2015年6月)

歴史

創業者のおもい

「人々の心からの笑顔が見たい」

創業者 城 慶次は「第2次世界大戦で離れ離れになった部下や傷ついた人々を温かく迎えたい」と交通の要所である日本橋に店舗を構えます。当時は日用雑貨を扱う青島商店から始め喫茶店、シチュー、ライスカレーが有名なレストランになってゆきました。

創業者のおもい

『せいとう』の名前の由来

戦争で生き別れた人たちがすぐに分かるよう、思い入れの多い青島(チンタオ)の日本語読みをしました。
当初はひらがなではなく漢字表記で「青島商店」でした。

小説に載っている当時の『せいとう』

常連のお客様の中に当時のサラリーマン視点から社会を描く小説家の中村武志氏がおられました。多くの著作の中でも珈琲屋の頃の『せいとう』が実際の小説の中に描写されています。以下、実際の文章。

<目白三平の朝の秘密について>
(光文社 河童ブックス 『サラリーマン 目白三平』 p.62~63)

それから目白三平は、国電のガード下をくぐり、東京鉄道管理局の前をすぎ、日本橋の方へ歩いていく。そして、日本橋の交叉点の一つ手前の横町を左へまがると、三人娘が経営している「青島」というコーヒー店の中へ消えてしまう。
目白三平は、三人姉妹のだれにともなく、やあと声をかけて、窓ぎわのいつもの決まったイスに腰をおろし、「さあいよいよ朝のうまいコーヒーが飲めるんだな。二十数年来のみ続けてきたが、いつ飲んでも朝のコーヒーはうまいからな。」とつくづく思うのだ。
目白三平は、終戦後はずっとここへ通いつづけている。まだどこでも本もののコーヒーを飲ませてくれないときに、この「青島」では、ふんだんに純粋のやつを飲ませてくれた。目白三平はその恩義を感じていて、最近ではどこでもうまいのだが、「青島」意外へはなるべく行かないようにしている。コーヒー中毒になっている目白三平は、ゆっくり味わいながらコーヒーを飲む。上戸が酒を飲むと、顔の艶や血色が良くなってくると同じように、コーヒーを飲むと目白三平の顔は、いきいきとしてかがやいてくる。

せいとうの歴史、変遷

大戦中

創業者 城 慶次(現社長の父)は最後に満州中央銀行の支店長として勤務春張(ハルピン)、青島(チンタオ)、天津(テンシン)各地を勤務しながら6人の子供(生存)を授かる。
現社長 城 和裕は末子として誕生。
このころ煙草の販売権を獲得。

終戦直後

城 慶次は満州帝国の功労者であったために戦犯扱いをされ、中国から帰国が1年ほど遅れるなか、命からがら妻と子供達が帰国。
逃げて帰る状況で、何度も機銃掃射されたという。

昭和20年

焼け野原の東京で以前から懇意にしている東京建物に勤務する知人に日本橋の土地を借り(エピソード①参照)、珈琲豆などを扱う商店を開始、当時は掘っ立て小屋だった。
現 ㈱国分にて米軍の配給施設を兼用しており、そこから商材を購入していた。

昭和21年

城 慶次が帰国するも、脳溢血で倒れる。妻と年長の娘達が幼い弟達を養う為に商材の珈琲豆から本格珈琲を提供する珈琲屋『せいとう』をスタート。
当時珈琲は贅沢品の為に店頭には看板も出していなかったので、知る人ぞ知る隠れた名店だった。
顧客は主に日銀、東京銀行、証券会社、国鉄の幹部ほか小説家であった。
また3人娘の気配りのきいたおもてなしで繁盛する。

昭和22年(創業年)~

新円切り替えのため、財産がほとんど無価値となる中で珈琲屋は繁盛。
鎌倉の親戚の紹介で戦前より由緒ただしい渋谷 道玄坂の高級フレンチ『二葉亭』のシェフを雇い、1階で珈琲屋を2階で高級フレンチを出すレストランになります。
当時の人気メニューはシチュー※、ライスカレー、カツレツ、エビフライなど。
当時はアメリカタイプのボリューム料理のブームであったが、珈琲屋時代からの上等な顧客は、むしろ少量で質の高い料理が何皿も組み合わせて出るフレンチ系洋食を好んだため繁盛しました。

※シチュー、ライスカレーのソースは現在復刻した内容であるが、当時はまだ神戸牛などの銘柄牛は使用していませんでした。

せいとうの歴史、変遷

その後、戦後復興の中で2代目社長(現社長)が都内7箇所に店舗を広げ、現在に至ります。

経営理念

我々の目標はお客様に感動、満足していただくことです。

品質の高い美味しい商品を提供します。
笑顔とおもてなしの心で接客します。
店内の衛生管理を徹底します。
お客様の感動・満足を従業員の喜びとします。